高松高等裁判所 平成11年(行コ)13号 判決 2000年1月28日
控訴人
甲野一郎
外三名
右四名訴訟代理人弁護士
藤原修身
同
石川雅康
被控訴人
高知県
右代表者知事
橋本大二郎
右訴訟代理人弁護士
松崎勝
同
行田博文
右指定代理人
中山健二
外三名
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人らに対し、次の金員を支払え。
(一) 原判決添付別紙(一)債権目録請求金額欄記載の各金員。
(二) 前示(一)の各金員の内、原判決添付別紙(一)債権目録未払給料欄記載の各金員に対する平成七年四月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員。
(三) 前示(一)の各金員の内、原判決添付別紙(一)債権目録付加金欄記載の各金員に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨。
第二 事案の概要
一 原判決の引用
原判決「事実及び理由」第二を引用する。
ただし、次のとおり補正する。
1 五頁一〇、一一行目の各「原告戊田」を「控訴人丁田」と改める。
2 六頁一〇行目の「(約五八〇〇名)」を削除する。
3 七頁一行目の「補助機関としての評議会により構成され、」を削除する。
4 同三行目の「議決機関として」の次に「全員投票、」を加入する。
5 同七、八行目の「病院局組合員」を「病院局労組組合員」と改める。
6 同九行目の「本部並びに分会により構成され、」を削除する。
7 同行目の「議決機関として」の次に「全員投票及び」を加入する。
8 八頁三行目の「高知県教育センター条例」を「高知県教育センター設置条例」と改める。
9 九頁八、九行目の「高知県越智土木事務所設置条例」を「高知県土木事務所設置条例」と改める。
10 一二頁一〇行目の「前記(二)(1)の」の次に「イの」を加入する。
11 一七頁九行目の「原告らの本件年休請求」の次に「(時季指定、以下『本件年休請求』ないし『本件年休時季指定』という)」を加入する。
12 同行目の次に改行して次のとおり加入する。
「 なお、以下において、『年休請求』ないし年休に関する『請求』は、『年休時季指定』ないし年休に関する『時季指定』の意味である。」
13 二二頁五行目を次のとおり改める。
「1 控訴人甲野による本件年休時季指定は手続的に有効に行われたか。」
14 三〇頁四、五行目を次のとおり改める。
「2 控訴人乙山、控訴人丙川及び控訴人丁田は、それぞれの本件年休時季指定を撤回したか。」
15 三三頁一、二行目を次のとおり改める。
「3 控訴人らの本件年休時季指定により年休が成立したといえるか。」
16 三八頁末行目の「・」を「(ア)」と改める。
17 五〇頁八行目の次に改行して次のとおり加入する。
「(3) 前記夕張南高校事件上告審判決が『休暇日を労働者がどのように利用するかは、本来当該年次休暇の成否に影響するものではないが、当該事業場における業務の正常な運営の阻害目的として、年次休暇権を行使するとして職場を離脱する態様のいわゆる一斉休暇闘争は、本来の年次休暇権の行使ということはできず、年次休暇に名を藉りた同盟罷業というべきであり、当該時季指定日に年次休暇関係が成立する余地はない』とし、『けだし、右のような職場離脱は、たとえ年次休暇権行使の形式をとっていても、その目的とするところは、使用者の時季変更権を全面的あるいは部分的に無視することによって当該事業場の業務の正常な運営を阻止しようとするところにあるのであって、そこには、そもそも、使用者の適法な時季変更権の行使によって事業の正常な運営の確保が可能であるという、年次有給休暇制度が成り立っているところの前提が欠けているからである』と判示したのは、前記白石営林署事件上告審判決・国鉄郡山工場事件上告審判決が一斉休暇闘争のための年休は認められないとした傍論部分の判示について説明を附加しただけである。労働者の年休請求が一斉休暇闘争のような争議行為の手段となっており年休制度の成り立っている前提を欠くかどうかの判断を、当該年休が請求された時点における使用者の蓋然性に基づく判断に委ねたものでは決してない。この点の判断は、年休請求が本来の年休権の行使とはいえない年休に名を藉りた争議手段として行われたかどうかについての客観的な事実認定にもとづき具体的になされなければならないものだからである。
被控訴人の主張は、労働者の年休請求が年休に名を藉りて当該事業場の業務の正常な運営を阻害する目的でなされたものであるかどうか、すなわち、使用者の時季変更権の行使であってもそれを無視することによって当該事業場の正常な運営を阻害する目的でなされたものであり年休として認められる年休制度の成り立っている前提を欠くものであるかどうかの問題と、労働者の年休請求に対する使用者の時季変更権の行使が所属事業場の事業の正常な運営を妨げる蓋然性のある場合においても適法有効であるかどうかの問題を、区別することに理解を欠いたかあるいはあえて混同させたものといわねばならない。
(4) なお、夕張南高校事件、上告審判決は、教職員の年休請求について、各所属事業場の業務の正常な運営を阻害することを目的としたものではないから、年休に名を藉りた同盟罷業ということはできず、また、半日の年休の時季指定に対する校長の時季変更権の行使は労基法所定の事業の正常な運営を妨げる事情が認められない点からも適法でなかったとして年休の成立を認めた原審の結論を正当と是認している。したがって、右判決は、本件職場集会参加者約三一九二名が控訴人ら十数名を除きいずれも年休を請求していない点や控訴人らの年休請求に対し時季変更権が行使されていない点などにおいて事案を異にするものの、かえって控訴人らの主張の正当性を裏付けるものである。また、新潟地裁昭和五二年五月一七日判決(新潟鉄道郵便局事件)、名古屋地裁昭和五九年四月二七日判決(名古屋鉄道郵便局事件)は、いずれも年休制度の成り立っている前提を欠く年休請求であるかどうかが問題とされたものではなく、使用者の時季変更権行使の適否が争点となった事案であり、しかも労基法の定める事業の正常な運営を妨げる場合に当たる蓋然性がなかったとして時季変更権の行使を違法と判断し、年休の成立を認めている。それゆえ、これら判決に依拠しての被控訴人の主張も失当である。」
18 同九行目から同末行目までを次のとおり改める。
「4 控訴人ら所属の事業場の所属長は、労基法三九条四項但書による時季変更権を行使したか。その時季変更権の行使には、同条項但書所定の事由が存在したか。」
二 当審附加主張
1 控訴人甲野による本件年休時季指定は、手続的に有効に行われたか。
(一) 控訴人甲野
年休時季指定の方式を定めた勤務時間規則(本件規則)一〇条七項は訓示規定である。そうであるから、口頭による指定や代理ないし代行による指定も可能である。
また、年休の時季を事後指定することも可能である。現に、高知県職員の年休時季の事後指定は、どこの職場でも広く一般的に認められ、慣行となっている。
(二) 被控訴人
本件規則は効力規定である。そうであるから、口頭による指定は許されない。
また、年休の時季を事後指定することはできない。
2 控訴人らの本件年休時季指定による年休が成立したといえるか。
(一) 控訴人ら
控訴人らは、各控訴人所属の事業場以外の事業場における争議行為に参加するために本件年休時季指定をしたものである。そうであるから、本件年休時季指定は有効である。
なお、労基法三九条四項但書所定の「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たるかどうかの判断は、当該労働者の所属する事業場を基準として判断すべきである。
(二) 被控訴人
本件集会は、各控訴人所属の事業場を含めて全庁的に実施されようとしていた争議行為であり、事前に特定の事業場のみを対象としていたわけではない。そうであるから、被控訴人において、事前に本件集会が拠点的争議行為であると判断することはできなかった。また、被控訴人が労基法三九条四項但書所定の「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たるかどうかの判断をできるような状況にはなかった。
そうすると、被控訴人の全事業所において、「業務を運営するための正常な勤務体制」が存在しなかったものといえる。
したがって、控訴人らは本来の年休権の行使をしているとはいえないから、控訴人らの本件年休時季指定による年休は成立しない。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所の判断の大要
当裁判所は、控訴人らの請求について、大要次のとおり判断する。
1 控訴人らの本件年休時季指定のうち、控訴人甲野による本件年休時季指定が手続的に有効に行われたとはいえない。したがって、控訴人甲野の請求は理由がない。
2 控訴人甲野を除く控訴人ら三名(以下「控訴人ら三名」という)の本件年休時季指定は、当該年休時季指定日に、控訴人ら三名所属の各事業所において、控訴人ら三名所属の労働組合(県職労)による争議行為等が予定されていた場合に行われたものといえる。そうであるから、控訴人ら三名の本件年休時季指定により年休は成立しない。したがって、控訴人ら三名の請求は理由がない。
二 控訴人甲野による本件年休時季指定は、手続的に有効に行われたといえるか。
1 証拠(乙六、乙二七の一ないし三、証人中村稔)によると、次の事実を認めることができる。証人吉岡満美の証言及び控訴人甲野本人の供述のうち、右認定に反する部分を採用することができない。
(一) 控訴人甲野は、平成七年三月一三日午前八時三〇分から同五九分まで行われた高知土木事務所における本件集会に参加した。
(二) 控訴人甲野は、平成七年三月一三日午前九時三〇分頃、教育センターに登庁し、同午前九時三〇分すぎに休暇届(乙六)に同日一時間分の年休を指定する旨の記載及び押印をして、中村所長に提出した。
これに対し、中村所長は、控訴人甲野から同人が本件集会に参加した旨の確認をとったうえ、右休暇届に「スト終了後の移動時間を含むもので認めない。」と記載した。
(三) なお、平成七年三月一三日午前九時頃、吉岡満美は、中村所長に対し、甲野が年休を取りたいと電話をしてきたがどうしたらよいのか相談している。
これに対し、中村所長は、控訴人甲野が登庁したら、本人と直接に話をする旨伝えた。
その際、吉岡満美は、休暇届の記載や提出などをしていない。
2(一) 前示1の認定事実によると、控訴人甲野が本件年休時季指定をしたのは、控訴人甲野が平成七年三月一三日午前八時三〇分から同九時三〇分の一時間の不就労をした後においてであるといえる。右認定に反する証人吉岡満美の証言及び控訴人甲野の供述をにわかに採用することができない。控訴人甲野が右期間以前に年休時季指定をしたことを認めるに足る的確な証拠がない。
(二) ところで、後示説示の争議行為の場合を除き、労働者が、その有する年休日数の範囲内で、具体的な年休の始期と終期を特定して年休時季指定をしたときは、客観的に労基法三九条四項但書所定の事由が存在し、かつ、これを理由として使用者が時季変更権の行使をしない限り、右指定によって年休が成立し、当該労働者の当該指定期間における就労義務が消滅する。
(三) しかし、労働者が、予め年休時季指定をすることなく不就労をした場合には、当該不就労の時点において、当該不就労に関する法律関係は確定的に発生したものというべきであり、労働者が、事後的に、当該不就労期間を年休として時季指定することは許されない。
(四) もっとも、使用者が、当該不就労期間について、当該不就労の事実にもとづく法的効果を除去することに同意するのであれば、その同意により年休が成立したのと結果的に同様の事態が生ずる。
また、労働者が事前に年休時季指定をすることができなかったのが、病気、災害等のやむを得ない事由にもとづく場合には、当該事由が存在しなくなり、労働者が年休時季指定をすることができるような状況になった後速やかに年休時季指定をするのであれば、これに対し、使用者は、右年休時季指定に沿った措置をとるよう配慮する必要が生ずるものといえる。
(五) しかし、本件において、控訴人甲野が事前に年休時季指定をすることができなかったのが、病気、災害等のやむを得ない事由にもとづくものであるとはいえない。そうであるから、中村所長が、控訴人甲野による事後の年休時季指定を拒否し、不就労期間につき欠勤扱いをしたことに何ら不都合なところはない。
控訴人甲野は、年休時季の事後指定が高知県のどこの職場でも広く一般的に認められ、慣行となっている旨主張するが、右やむを得ない事由にもとづく場合のほかは、これを認めるに足りる証拠がない。
3 以上のとおりであるから、控訴人甲野による本件年休時季指定は、手続的に有効に行われたものとはいえない。
したがって、控訴人甲野の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。
三 控訴人乙山、控訴人丙川及び控訴人丁田(控訴人ら三名)の本件年休時季指定の撤回の有無
控訴人乙山、控訴人丙川及び控訴人丁田(控訴人ら三名)が本件年休時季指定の撤回をした事実を認めるに足る的確な証拠はない。その理由は、原判決「事実及び理由」第三の二を引用する。
四 控訴人ら三名の本件年休時季指定にもとづき、年休が成立したものということができるか。
1 事実経過
証拠(甲二、甲三、甲四、乙八ないし二〇、乙二一の一、二、乙二二の一ないし六、乙二三ないし二六、乙二八ないし三二、証人三好正継、証人嵐護、証人中村稔、控訴人甲野、控訴人乙山、控訴人丙川、控訴人丁田)に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 被控訴人は、平成五年一二月に、高知県行政改革検討委員会を設置し、その後、同委員会は検討を重ねた結果、平成六年九月二日、「明日の高知県のための―改革への提言―」(乙一一)をとりまとめた。
被控訴人は、右提言を受けて、平成六年一一月、共通課題項目である①本庁組織の再編、②出先機関の統廃合と再編、③その他の組織関係、④市町村、民間との関係及び⑤職員の意識改革と職員配置、並びに各部局個別課題項目からなる実施計画(乙一二)を定めた。
そして、高知県知事は、平成七年二月、高知県議会定例会に対し右実施計画の関係条例を提出し、同条例は右定例会において可決された。
また、被控訴人は、経営悪化が顕著となった県立病院に関して、平成五年六月二一日、高知県立病院経営改善対策委員会を発足させ、その後、同委員会は検討を重ねた結果、平成六年八月三日、提言をとりまとめて、高知県知事に提出した(乙一四)。
被控訴人病院局は、右提言を受けて、平成六年一一月二一日、平成一〇年度末を目標とする「高知県立病院事業経営改善実施計画」(乙一五)を右委員会の承認を受けて策定した。
(二) 県職労及び病院局労組は、早くから、前示(一)の実施計画及び経営改善対策は職員に犠牲を強いる合理化案であるとして、これらの計画や策定に反対の立場を明らかにし、これらの計画や対策を実施するについては、関係団体、職員の意見を重視して、一方的な実施をしないよう強く要求していた。
これに対し、高知県知事は、財政の健全化、行政の簡素化・効率化の観点等から組織機構の見直しの必要性を訴え、これらの計画や対策の実施による職員の勤務条件にかかわる事項については、考え方を整理し、理解を求めていくと回答し、被控訴人も、県職労及び病院局労組と団体交渉を行ったが、双方の見解の隔たりは大きかった。また、被控訴人は、団体交渉に際し、業務の廃止や民間委託等の実施に関すること自体は、被控訴人の管理運営事項であり、そもそも県職労との交渉事項とすべき問題ではないとして、これを団体交渉事項とすることに消極的態度を示した。
県職労は、被控訴人の右のような対応を不服として、また、被控訴人が行政改革のための人員削減を実施することに対する全庁的な抗議の目的で、平成七年二月二七日ころまでには、平成七年三月一三日に本件集会を実施することを計画した。
そして、県職労教宣部長作成による自治労高知県職号外(以下「本件号外」という)などを通じて、県職労組合員に対し、本件集会への参加を呼びかけた。
平成七年二月二七日付本件号外(乙二二の一)には「一三日には二九分ストライキも構えて事務事業合理化を斗っていく。」との記載があり、同月六日付本件号外(乙二二の四)には「3/13スト配置」「ワッペン着用、すわりこみ(一〇日)をやりきるとともに、当局回答によっては一三日に二九分ストも実施する。全組合員の団結と斗争体制の確立で行革・事務事業見直し反対の斗いに勝利しよう。」との記載があり、同月九日付本件号外(乙二二の五)には「一〇、一一日の交渉、一三日には二九分ストを配置したたかっていきますので分会でのワッペン、ステッカー貼付、座りこみなどの戦術行使をお願いします。」との記載があり、同月一〇日付本件号外(乙二二の六)には「スト体制の確立を」「3/13 29分ストライキ集会場」の記載とともに、集会場所と事業場の一覧表が掲載されており(なお、控訴人甲野所属の教育センター、控訴人乙山及び丙川各所属の越智土木事務所並びに控訴人丁田所属の桐見ダム管理事務所は、いずれも右一覧表に記載されていない)、同月一三日付本件号外(乙二八)には「スト決行」「3.13ストライキ集会宣言」「今回の行革合理化の強行に対して我々は抗議のストライキをここに打ち抜いた。」などの記載がある。
なお、本件集会当時において、県職労及び被控訴人の両者が、全庁的争議行為である「ストライキ」と拠点的争議行為である「職場集会」の各用語を区別して使用していた。すなわち、右両者は、「職場集会」は二九分以内の拠点的争議行為、「ストライキ」は時間の長短を問わない全庁的争議行為を意味するものとして使用していた。また、県職労は、ストライキの場合は、全職場を実施場所としており、特別な事由により実施しない場所についても組合員は当該ストライキ時間帯には勤務につかないことを義務とされていた。そして、県職労は、平成七年二月二七日頃から同年三月一〇日まで、「二九分ストライキ」の用語を用いて、県職労組合員に対し、本件集会への参加を呼びかけていた。また、県職労は、被控訴人に対しても、団体交渉等を通じて、ストライキとして本件集会の実施を予定していることを表明していた。
(三) 前示(二)のとおり、日を追うごとにストライキとしての本件集会の実施が現実化し、日増しに状況が緊迫するようになった。
そのため、被控訴人は、平成七年三月八日、教育長名で、事務局各課長、事務局各事務所長、青少年センター所長、各教育機関長(県立学校長を除く)宛に、同月九日、副知事名で、各課室長及び各出先機関長宛に、いずれも争議行為防止についての依命通達を発し、同日午後五時頃、県職労委員長に対し、総務部長名の警告書を交付した。
被控訴人は、平成七年三月一〇日、高知県知事名で、県職労委員長に対し、右同様の警告書を交付した。
以上の警告書は、いずれもストライキが違法な争議行為であること、ストライキとしての本件集会の実施が、県民の県職員に対する期待と信頼に背くものであることを指摘した上、県職員に対し、登庁時限までに出勤し、正常な勤務に服することを命じ、勤務に服さない場合は減給及び行政処分の対象になることを通告したものである。
また、被控訴人は、平成七年三月一三日(月)就業時午前八時三〇分からの二九分間の時限ストライキを想定し、それに先立つ同月一〇日(金)午後四時三〇分から、各職員に対し職務命令書を交付した。課室長、出先機関の長又は管理職員は、右交付の際に、「この時間の年次休暇は、業務の正常な運営に支障がありますから真にやむを得ない事由のほかは、他の時間に振り替えてもらうことになりますし、さらに年次休暇を事後に届け出た場合にも、真にやむを得ない事由のほかは、他の時間に振り替えてもらうことになりますので特に申し添えます。」との伝達事項を読み上げた。
(四) 被控訴人と県職労は、平成七年一月一七日から同年三月一〇日までの間に約二二回に及ぶ団体交渉を行い、同日午後一時三〇分頃から同日夕方頃まで最終交渉を行ったが、同交渉は決裂した。
なお、前示(二)のとおり、右団体交渉は当初から難航し、また、その後も合意に向けての進展は全くなく、県職労は、遅くとも平成七年三月六日頃までには、同月一〇日における団体交渉を座りこみをもって行うことすら決めるなど、決裂間近の状況となっていたが、同日の団体交渉において完全に決裂した。
県職労書記長は、平成七年三月一二日(日)午後七時三〇分頃、被控訴人に対し、翌一三日始業時の午前八時三〇分から同五九分までの間「二九分ストライキ」としての本件集会を実施する旨の通告をしたが、その際、右実施場所を限定する旨の通告は一切行われていない。
(五) 県職労は、平成七年三月一三日(月)に、前示(四)の通告どおり、始業時(午前八時三〇分)から二九分間の勤務時間内職場集会を実施した(集会場所によっては二九分以内)。
本件集会の実施場所は合計四五か所の集会場であった。本件集会の参加者は、三一九二名であり、全職員約六八〇〇名(組合員数約六二五〇名)のうち、出張、研修等により参加不能者約一〇三〇名、管理職員等約四三〇名、当日保安要員約三三〇名、国費職員約一五〇名、派遣職員約九〇名を除く実質対象職員約四七七〇名の約六七パーセントであった。右集会場所には、控訴人らが所属する教育センター、越智土木事務所及び桐見ダム管理事務所は含まれていない。
ちなみに、県職労が平成六年六月二二日に実施した全庁的一時間ストライキの集会場所は四六か所であり、参加人数は四六一八人である。右集会場所には、控訴人らが所属する教育センター、越智土木事務所及び桐見ダム管理事務所が含まれていた。
(六) 県職労では毎年必ず一年間のストライキ指令権を批准する投票が行われており、本件集会当時も右批准投票が有効に存在していた。すなわち、県職労組合員は、右批准投票によって、大会ないし中央委員会に対し、ストライキ指令権を委譲していた。
県職労がストライキを実施する場合、まず、大会ないし中央委員会がストライキの実施を決定し、その際大会ないし中央委員会は具体的な争議行為の態様については中央執行委員会ないし拡大闘争委員会に授権する。そして、これにもとづいて、中央執行委員会ないし拡大闘争委員会は、具体的な争議行為の態様について決定し、各組合員に指示する。
これを本件についてみると、本件集会に先立つ平成七年三月三日には中央委員会が、同月六日には中央執行委員会が、同月一二日には拡大闘争委員会が各開催されている(乙三二)。
また、県職労本庁支部支部長の同傘下各分会長宛の平成七年三月八日付文書では、ストライキを実施するかどうかの判断は同月一二日における被控訴人の最終提示を受けた以降になるとの認識のもとにおいて、二九分ストライキを実施する場合には、そのための集会時間が午前八時三〇分から同午前八時五九分であること、ストライキ回避の場合にはストライキの代わりに職場集会を開催し、そのための集会時間が午前八時二〇分から同午前八時四四分であることを指示している(乙三一)。
ちなみに、県職労が、いわゆる職場集会を実施するに際しては、特定の内部的機関による決定手続を必要としない。中央執行委員会が職場集会を実施する日時の決定を行い、その後適宜、職場集会を実施する場所を選定するという方法で決めることがほとんどである。そして、右場所の選定に際しては、中央執行委員会が主導的に選定する場合もあるし、各支部ないし分会が申し出て中央執行委員会が了承する方法で選定する場合もあるなどまちまちである。
(七) 控訴人乙山は、本件集会当時、県職労吾川支部書記次長の地位にあり、平成七年三月一〇日以前の県職労吾川支部の四役会議で、畜産試験場での本件集会に行くことが決まり、また県職労から本件集会当日の年休は認められない可能性があるとの通知を受けたので、平成七年三月一〇日午前一〇時頃、同月一三日午前八時三〇分から一時間分の年休時季指定を行った。
控訴人乙山は、本件集会当日である平成七年三月一三日午前八時三〇分から、畜産試験場での本件集会に参加し、同日午前九時一一分頃、所属事業場である越智土木事務所に登庁した。
なお、前示(五)のとおり、本件集会は、越智土木事務所においては実施されていない。
(八) 控訴人丙川は、本件集会当時、県職労吾川支部執行委員の地位にあり、平成七年三月一〇日午後に休暇をとって高知県本庁舎で座りこみ闘争に参加し、同月一三日午前八時三〇分から一時間の時間帯の年休の時季指定をするよう県職労からの指示を受けた。控訴人丙川は、平成七年三月一〇日午後四時三〇分頃、職場の同僚の小松に対し、電話で、右時間帯の年休時季指定の代行を依頼し、小松は、控訴人丙川に代わって休暇届に右年休を記載した。
控訴人丙川は、本件集会当日である平成七年三月一三日午前八時三〇分から、佐川農林事務所での本件集会に参加し、経過報告をした後の同日午前九時一一分ころ、所属事業場である越智土木事務所に登庁した。
なお、前示(五)のとおり、本件集会は、越智土木事務所においては実施されていない。
(九) 控訴人丁田は、本件集会当時、県職労吾川支部執行委員の地位にあり、県職労吾川支部からの指示で、平成七年三月一〇日午後に、同月一三日午前八時三〇分から一時間分の年休の時季指定を行った。
控訴人丁田は、本件集会当日である平成七年三月一三日午前八時三〇分から、佐川農林事務所での本件集会に参加し、同日午前九時一七分頃、所属事業場である桐見ダム管理事務所に登庁した。
なお、前示(五)のとおり、本件集会は、桐見ダム管理事務所においては実施されていない。
(一〇) 被控訴人は、その職員の給与の減額につき、「一時間未満の端数を生じたときは、その端数が三十分以上のときは一時間とし、三十分未満のときは切り捨てる。」ものとして計算をする取扱いをしている(職員の給与の支給等に関する規則六条の四第一項後段、乙四)。
すなわち、被控訴人では、年休時季指定をすることなく三〇分未満の不就労をしても、給与を減額されることがない。
県職労が本件集会を二九分間として実施したのは、二九分間の不就労をしても、被控訴人の右取扱いにより、給与の減額をされることがないためである。
本件集会後の控訴人ら三名の所属長の控訴人ら三名に対する本件年休に関する措置は原判決「事実及び理由」第三の二に認定のとおりである。
2 検討
(一) 年休の権利は、労基法三九条一ないし三項所定の要件を充足することにより、法律上当然に労働者に生ずるものであり、その具体的な権利行使は労働者が同条四項本文所定の時季指定をすることによりすることができ、年休の利用目的を明らかにする必要がなく、使用者の承認を要しない。このように、年休の利用目的は労基法の関知しないところであり、年休をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であるといえる。もっとも、使用者は、労基法三九条四項但書所定の「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たる場合には、時季変更権を行使することができるが、右要件に該当するかどうかの判断は、当該労働者の所属する事業場を基準として行うべきである。そうであるから、当該労働者が、その所属する事業場以外の事業場における争議行為等に、その年休を利用して参加したかどうかは、当該年休の成否に影響しない(最高裁昭和四八年三月二日判決民集二七巻二号一九一頁参照)。
(二) しかし、労働者が当該労働者所属の労働組合による争議行為等に参加し、当該労働者の所属する事業場の正常な業務の運営を阻害する目的をもって、年休の時季指定をして職場を離脱する行為は、労基法の適用される事業場において業務を運営するための正常な勤務体制が存在することを前提としてその枠内で休暇を認めるという年休制度の趣旨に反するものであり、本来の年休権の行使とはいえないから、当該労働者による時季指定日に年休は成立しないものというべきである(最高裁平成三年一一月一九日判決民集四五巻八号一二三六頁参照)。
(三) そして、当該労働者による年休時季指定日に、当該労働者所属の事業場において、当該労働者所属の労働組合による争議行為等が予定されていた場合には、前示(二)の説示のとおり、当該労働者による時季指定日に年休は成立しないものと解すべきである。その理由は次のとおりである。
(1) 年休制度は、労基法の適用される事業場において業務を運営するための正常な勤務体制が存在することを前提としてその枠内で休暇を認めるという趣旨のものである。そうであるから、労働者が争議行為等に参加しその所属する事業場の正常な業務の運営を阻害する目的をもって、年休の時季指定をした場合には、本来の年休権の行使とはいえない。
(2) 当該労働者の年休時季指定日に、当該労働者所属の事業場において、争議行為等当該事業場の正常な業務の運営を阻害する行為が予定されているのであれば、使用者において、時季変更権行使をするための要件である「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するか否かを判断できるような状況にはない。そうであるから、このような場合には、使用者による時季変更権の行使をまつまでもなく、労働者による年休権の行使を否定すべきである。
(四) なお、当該労働者所属の労働組合による当該労働者所属の事業場における争議行為等が予定されていたかどうかは、当該年休時季指定が行われた時点における蓋然性によって判断すべきである。そうであるから、結果的に当該労働者所属の事業場において右争議行為等が実施されなかったとしても、年休権の行使を否定すべきである。
(五) そこで、前示(一)ないし(四)の説示に基づいて検討する(なお、以下における事実認定は前示1にもとづくものである)。
(1) 県職労は、従来から「職場集会」と「ストライキ」の用語を区別し、「職場集会」は二九分以内の拠点的争議行為、「ストライキ」は時間の長短を問わない全庁的争議行為を意味するものとして使用しており、被控訴人も右同様の認識を有していた。県職労は、被控訴人が右認識を有していることを知りながら、平成七年二月二七日頃から本件号外や団体交渉等の場において、意図的に「ストライキ」の用語を使用した上、ストライキとしての本件集会を同年三月一三日に実施する旨表明していた。
本件集会前日である平成七年三月一二日なされた県職労書記長から被控訴人に対する本件集会に関する通告においても、「二九分ストライキ」の用語が使用されている。
(2) 県職労では、その内部的機関において、ストライキとして本件集会を実施する予定で、諸手続を進めた。すなわち、県職労は本件集会をストライキとして実施したものである。
この点につき、控訴人らは、「ストライキ」の場合は原則として全職場を対象とした一時間以上の争議行為であるが、本件集会は二九分以内のものであるから、単なる「職場集会」にすぎず、実施場所も一部の事業場であることは明白であった旨主張する。
しかし、職場集会を二九分以内とした主たる理由は、三〇分未満の不就労であれば給料の減額の対象とならないためであるにすぎない。
また、そもそも、「ストライキ」と「職場集会」両者の違いは、県職労の内部的な意思決定手続による相違にすぎない。そうであるから、被控訴人が、本件集会が二九分以内であることから、これが全庁的なストライキでないと予測することは極めて困難である。
のみならず、県職労は前示(1)のとおり、むしろ意図的に「ストライキ」の用語を使用して、ストライキとしての本件集会を実施する旨表明していたのである。そうであるから、被控訴人において、一貫して、本件集会が全庁的争議行為として実施される予定であり、控訴人ら三名所属の各事業場も実施場所に含まれるものと認識していたことは明らかである。さらに、控訴人ら三名が本件年休時季指定をした平成七年三月一〇日から本件集会直前までの間において、平成七年三月一三日の始業時から二九分間の本件集会が、全庁的争議行為として実施され、控訴人ら三名所属の各事業場も実施場所に含まれる蓋然性があったものということができる。
したがって、控訴人らの前示主張は理由がない。
(3) 県職労書記長が平成七年三月一二日に被控訴人に対し本件集会の通告をした際、本件集会が被控訴人の全事業場ではなく一部の事業場における拠点的なものにすぎない旨の説明は全くなされていない。県職労書記長は、被控訴人に対し、実施場所について何らの限定をすることなく、翌日の始業時からストライキとして本件集会を実施する旨の通告をしている。
なお、控訴人らはこの点につき、県職労の平成七年三月一〇日付の本件号外には本件集会の実施場所が明示されており、被控訴人は実施場所を容易に知ることができた旨主張する。
しかし、右文書は県職労が所属組合員に対して配布する機関紙にすぎず、被控訴人に対する通告文書ではない。そうであるから、右文書に集会場の記載があるからといって、県職労から被控訴人に対して本件集会を実施する場所が通告されていたとは直ちにいえない。
また、県職労は、本件集会当日まで、一貫して「二九分ストライキ」という用語を用いて、被控訴人に対し、団体交渉ないし県職労の機関紙等において、その実施を表明しているし、団体交渉決裂後の平成七年三月一二日(本件集会前日)において、実施場所を何ら明示することなくストライキを実施する旨通告している。
以上に前示(1)の説示を考え併せると、県職労から被控訴人に対して本件集会の実施場所が明示されていたといえないことは明らかであるし、被控訴人が前示本件号外等から右実施場所を認識できたものとはいえない。
したがって、控訴人らの前示主張は理由がない。
(4) 控訴人ら三名が本件年休の時季指定をした平成七年三月一〇日午前から午後四時三〇分までの間においては、被控訴人と県職労との団体交渉は決裂間近の状況にあった。控訴人ら三名は、右状況のもとで、団体交渉決裂後の平成七年三月一三日に予定されていた本件集会に参加する目的で、本件年休の時季指定をしたものである。
ちなみに、被控訴人は、控訴人ら三名が本件年休の時季指定をした後まもない平成七年三月一〇日午後四時三〇分において、全職員を対象とした職務命令書を交付し、ストライキに参加しないよう警告している。
(5) 前示(1)ないし(4)の説示のとおり、控訴人ら三名が本件年休の時季指定をした時期は、本件集会が全庁的争議行為として実施され、右実施場所には控訴人ら三名所属の事業場が含まれる蓋然性があった。なお、右蓋然性は右時季指定が行われた平成七年三月一〇日以降も、本件集会直前まで存在していたものといえる。
すなわち、本件集会に関しては、控訴人ら三名が本件年休の時季指定をした平成七年三月一〇日以降本件集会直前まで、被控訴人の全事業所において「業務を運営するための正常な勤務体制」が存在しなかったものといえる。
また、控訴人ら三名は、前示全庁的規模の争議行為に参加する目的で本件年休の時季指定をしたものであり、右指定をした当時、客観的にみて控訴人ら三名所属の事業場においても争議行為が実施され、同事業場の業務の正常な運営が阻害されることに関する蓋然性があった。
ちなみに、控訴人ら三名が本件年休時季指定をした当時、客観的にみて控訴人ら三名所属の事業場において争議行為が実施され、同事業場の業務の正常な運営が阻害されることに関する蓋然性があった以上、被控訴人において、時季変更権行使をするための要件である「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するか否かを判断できるような状況にはなかったといえる。
そうすると、本件年休の時季指定に関しては、控訴人ら三名の所属する事業場においては結果的に争議行為が行われなかったという客観的事態においても、使用者の時季変更権の行使によって事業の正常な運営の確保が可能であるという年休制度が成り立っている前提である「業務を運営するための正常な勤務体制」が欠けていたものといえる。
そうであるから、控訴人ら三名の本件年休時季指定は本来の年休権の行使ということができない。
したがって、控訴人ら三名の本件年休時季指定によって年休は成立しないものというべきである。
五 まとめ
以上をまとめると、次のとおりである。
1 控訴人らの本件年休時季指定のうち、控訴人甲野による本件年休時季指定が手続的に有効に行われたとはいえない。したがって、控訴人甲野の平成七年三月一三日午前八時三〇分から同九時三〇分頃までの不就労を年休と認めることはできず、同控訴人の未払給料、付加金、遅延損害金の請求は理由がない。
2 控訴人ら三名の本件年休時季指定によって年休は成立しない。したがって、控訴人ら三名についても前同様の不就労を年休と認めることはできず、同控訴人らの請求は理由がない。
3 以上のとおり、控訴人らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却すべきである。
第四 結論
よって、原判決は結論において相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六七条一項本文、六一条、六五条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・井土正明、裁判官・溝淵勝、裁判官・杉江佳治)